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誰かを、そんな風に見送ることなど久しく無かった。
懐かしさと同時に沸き起こった戸惑いに、老婦の胸は小さく痛みを訴えかけてきた。
日中の日差しは暖かいとはいえ、3月頭の夕暮れの風は冷たく、老体には堪える。ただでさえいつもより30分近く遅い帰りに家族に心配を掛けたかもしれない。
いつまでも名前しか知らぬ少年を未練がましく見つめている場合では無い。
昔ながらの日本らしい家屋の少し錆びれた門をくぐり、がらりと玄関を開けると、奥の部屋からぱたぱたと慌しい足音が聞こえてきた。
濡れたままの手で出迎えてきたのは、一緒に暮らす息子の嫁である敦子(あつこ)。心配性が過ぎるくらいの彼女は、老婦の荷物を受け取りながらも眉尻は下がりっぱなし。
「ただいま、敦子さん」
「お義母さん! 遅いから心配したんですよ! やっぱり、買い物は私が……」
「これくらいしか出来ないんだから、行かせてくださいな。重い物がある時は、連絡させてもらうから」
「でも……」
「ほらほら、ご希望のお醤油。今日も美味しいお夕飯楽しみにしているからね。いつもありがとう、淳子さん」
ぽん、と嫁の肩を叩いて老婦は奥にある自室へと向かう。
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