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禿げ起こし
「あいつにゃ土台無理よ
肝っ玉から磨き直して一昨日来いと言うておけ」
老舗『割烹・禿盛』の暖簾を店先に吊しながら、主の禿盛は悪態をつく。
脱ぎ捨てた羽織りの下から現れる赤褌に金色に煌めく『禿』の一文字と磨き上げられた頭皮は、朝日を浴びて後光すら放つようだ。
一人娘の流星にとってそんな父は誇りでもあり、目の上のコブでもあった。
禿盛は店の主であると共に、事実上の村の長でもある。
年に一度開かれる『禿起こしの奉り』において『最速の漢』の称号を得た者が、その年の長に選ばれる。
長は称号と同時に村で唯一人、いつ何時でも丸禿でいる事を許されるのだ。
そしてその長を超えられるのはただ一人。
禿起こしの奉りにおいて、『最速の漢の称号』を得た者。つまり次の長と認められた者のみなのだ。
父はその称号を、十年を経た今も何人にも譲り渡さずにいる漢の中の漢であり、禿の中の禿なのである。
「奴がわしを超えられたなら婚姻を認めてやる。
他の条件は断じて受け付けんぞ。」
そうなのだ。
それ以外に、彼と結ばれる条件は許されない。
しかし父の言うように、八雲には父を超えるだけの技量が備わっていなかった。
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