七つ緒

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 家の匂いを嗅ぐと、疲れがダムの放流よろしくやってくる。流されるまま寝たのは一時間半くらいだったか。  壁の時計を見ると、時刻は午後八時に近い。すぐ下に掛けた提灯を付ければ、少しは夜らしい雰囲気になるのやら。外からは波の音と、並々ならぬ車のエンジン音がひっきりなしに聞こえてくる。  車の通行量が半分ならいいんですけど、どうにかなりませんかねえ。……と町役場に言っても、職員の話のネタにされて終わる。ということで、千秋は仮眠に見切りをつけて起き上がった。  冷蔵庫を開けてざっと見渡す。ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、ピーマンと帰り際に買ったひき肉一パック。  あれを作るにはあつらえ向きだ。千秋が一人で思う分には構わないものの、 「スープカレーでいいか、うん」  と、言わなきゃ食欲が湧いてこない。  野菜を一本ずつ取り出し、手早く洗い始める。音を聴くだけでシャワーに入りたいとか、風呂上がりは湯冷めしないうちに寝ようとか。時間が迫るとつい、千秋には先走る癖がある。  慌てて水を止めると、ピーラーでニンジンから向き始めた。一人で一本は多いと今更気付いたが、もう手を止める気にはならない。 「……んー、ふふっふっふー」  体だけが勝手に動き、頭は駅前に向かって歩く千秋だった。ろくろ首、ということじゃないので悪しからず。  耳を澄まさなくても、九時代最終の列車がホームに滑り込んだとわかる。  ひと際大きいエンジン音と、増毛行きワンマン列車です、との車内放送が切れ切れに聞こえれば十分至極。ステンレスの台所ボディと、ベルト代わりの赤帯がストレートに伸びる列車を思い起こせた。  千秋がこちらへ住む以前から、沿線は土砂崩れで不通なのが普通だったとは信じられない。ネットで見たときには、三年ほど通っていなかったと書かれてあった。  八月初旬に、ようやっと線路が復旧して十日ほど経つ。それを記念しての商品を、企画する運びになったところまではいいのだが。  ――転んでばっかのお坊さん売りたきゃ、会社起しゃいいべや。  千秋一人に任せたくせして、言うことがクレーマーじゃクレイジーになりたくなる。  商品にする予定の起き上がりこぼしを、でたらめにたとえられたのがきっかけだった。おかげで週に一度の社長――新屋仁との舌戦が、ついつい日に三回まで発展してしまう。勝敗はいちいち数えていない。
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