七つ緒

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 喧嘩でお客さんを呼び込むな、賀保に口酸っぱく言われてきた。産みの苦しみだ、などと適当にあしらっても、週に三度以上は説教を受けている気がする。  同年齢でも卒業した学校が違う、それでは口調を砕く分銅にはならないらしい。ため口で賀保に話しても、ため口で返された覚えがおぼろげですら出てこない。そのせいで親子というよりか、賀保と仁を歳の離れた夫婦と呼ぶほうが納得できる。  ただの小売り勤めの平社員……いや、ただと呼んではただ働きと間違えそうになる。このまま、車掌のいないワンマン社長の横暴に屈していいんだか。 「譲らない、絶対」  ジャガイモを半分にしないのもそうだし、起き上がりこぼしの売り出しもそうだ。伝統に乗っかれば考えなくてもいいから、そのままで売りたいというわけじゃない。  千秋に言わせれば、仁を文化財以下と見くびっていたところがある。  起き上がりこぼし、なんていうトラディショナルなネタで賛成してくれるかと思った。ところがどっこい、千秋の独り相撲に終わっている。売れるわけねえべやの一点張りで、仁が押し出すとは思いも寄らなかった。  二十五歳の千秋は、若輩さと仕事の不出来を掴まれて、投げ返されるほうがほとんどだ。とはいえ、起き上がりこぼしの夢は遥か彼方よ、などとそんな仕打ちで引き下がる若造じゃない。 「炒めるならオリーブオイルですよ、はい」  野菜と油の香る頃が水の入れ時だ。……と、誰に言っているかはさておき。  そもそも、千秋に縁もゆかりもないのなら、下膨れのミニトマトを売ろうとも思わない。あるからこそ譲れないに決まっている。  ああだこうだと十五分くらい耽るうちに、鍋が煮立ってきた。スープカレーのペーストを突っ込み、待つこと五分でできあがり。煮込みに三倍も時間をかけてもかけなくても、味に変わりがないと知ったのは去年のことだった。  器に盛りつけてテーブルに運ぶまで、三分もかかっては遅い……と、言われないで済むのが一人暮らしの良いところだ。どろどろではない分、具を適当に入れればスープが跳ねてげんなりする羽目になってしまう。 「いただきます。いーたーだーきーますっ」  一人給食ならぬ一人夕食に入っても、千秋の頭は千秋に帰らない。最終列車が過ぎたにもかかわらず、駅のホームでばあちゃんと列車を待っている。ついでに父――佐藤醍醐もいた気がするが、どちらでも構わない。
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