配管工

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(久下はある時の昼下がり、友人の妹を見舞う為に丘の上の精神病院を訪ねた。久下にも梅雨明けの気候はいかにも過ごしやすかった。病院は、褐色のレンガ作りの豪奢な建物だった。色とりどりの蕾は、プランターの上に見事に並べられた――紛うことなき予感だった。  久下は一階の売店を後学の為に徘徊したのち、最上階の五階へ歩いてのぼった。奥の狭まった一室をノックする。応対したのが妹だった。  子どものような声だった。のみならず、見た目もまるで少女然としていた――二十五とのはなしだったのだ。しかしリクライニングに腰を据え、洋風熊のピンク色の寝間着を着た少女は、どうみても十九――しかしこれは普遍的リアリティに隷属したただの調子あわせでしかない。二十五の歴とした女性が初見では中学生のように見えたなど、一体どの口が言えたものか判断をしかねる。ともかく久下はその少女に土産にと売店で買ったオレンジのペットボトルを手渡した。少女は喜び、遅ればせながら陽子と名乗った。ついで姉からよくはなしを聞いていますと言い、手を広げ幼い饗応をした。言わずとも独りでに染まりゆくので久下は黙した。陽子はその為か早速と切り出し、頷く久下へ来客用のパイプ椅子を差して勧めた――その脇には、松葉杖。久下はポケットから速記帳を取り出しながら、いつかストンと落ち着き払った。足を組み、陽子の語り始めるのを眇めながら待った。) 〈1〉  朝起きると、真っ暗でした。なにも見えないんです。  ただ、わたしはその中でもずっと手をあげてました。  鉄棒って、あるでしょ?  わたしは両手で、その棒のようなものを掴んでいたのです。あ、足はついてません、宙ぶらりんです。  もちろんわたしの心境は、そう、そんな顔です。わけがわかりません。たしかに寝る前にベッドの中に入った筈ですし、前日の夕飯になにを食べたのかだって思い出せました。わたしは暫く呆然と自分の状況を考え、次第に、これは夢だな、と思い当たりました。これはきっとなにか悪い夢で、いつかはガラスが割れるみたいに覚めるんだと。  でも、です。いつまで経っても夢は覚めません。それどころか、わたしの手は段々痺れてきました。みての通りわたしには全然力がないので、自分の体重を長い間支えることは出来ません。  下までもちろん真っ暗で怖くて、でも、その時にはもう、いいかなと思っていました。
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