配管工

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 ええ、落ちてもです。それにほら、夢ってそういうことありませんか? なにか悪い夢を見て、その結果ビクンとなったり。ベッドから落っこちちゃったり。でも、そこで確実に夢は覚めるんです。  本当に怖かったのですが、手もそろそろ限界に近かったので、しょうがなくわたしは手を離しました。予想通りわたしはすぐに落下して、その間、覚めて、覚めて、と目をつむり願っていました。でも、いつまでたってもそれは覚めません。空気を切る音が誇張して聞こえるだけです。  そして、唐突に後頭部の裏でなにか鈍い音が聞こえました。痛みというのは殆どなかったのですが、ドロドロとしたものがわたしの中から出て行くのがわかりました。そうしてわたしはそこで初めての死を迎え、ようやく夢から覚めることが出来たのですけど……。  ええ、はなしはまだ終わっていませんでした。夢から覚めて、わたしは愕然としました。  視界は、やっぱり、真っ暗なんです。わたしはまた鉄棒に捕まってぶらぶらしてるんです。その時のわたしの顔はきっと、北極熊よりも蒼白になっていたに違いありません。その間も手の痺れは継続中で、ずっとつらい状況が続きました。わたしはとうとう疲れきり、一旦前周りの途中の体勢になることを思いつきました。体重をふたつの手で支え続けるのは困難ですが、腰と手の三点で支えれば負担は幾許かでも減ります。わたしは無理をして上半身をあげ、そして腰を棒のあるだろう場所へ預けようとしました。ですが……はい。なかったんです。  わたしにも鉄棒をした経験がありますのでわかりますが、わたしの感覚で言えばそこに棒がなくてはならなかったんです。でも実際にはなく、わたしは肩すかしをくらった形でまたぶら下がる羽目になり、そしてその際に片手を離してしまいました。焦って、また同じ所を掴もうとしたんですが、もうそれもありません。  こうしてわたしは、二度目の死を迎えました。何度も何度もわたしはそうして死にました。  でも、慣れって怖いものです。わたしはそうして幾度となく死にましたが、段々そのつらさを感じなくなっていきました。筋力がついたと言いますか……、それはそれで不思議なはなしなんですけど、徐々にぶら下がっている時間も伸びて、最終的には片手で何時間、あ、もちろん感覚ですが、幾らでもいられるようになってきたのです。
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