配管工

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 そしてそれは、五百、いや、千……、ちょっと数え切れないのですが、本当にある時でした。ぶら下がるのも飽きたわたしは、今回はどのように落ちようかと考えていました。わたしには掴むことと落ちること以外にすることがなかったので、考えの比重も必然的にそこへ集約されていくのです。わたしはその落ちる中で、何度も体操選手のように回ったり捻ったりして遊んでいました。死ぬのはつらいことですが、それも一瞬ですし、その時には死ぬことにすら慣れていたので、あまり苦にはならなかったのです。  わたしはそれまで三十七ひねりというのが最高だったので、それを更新しようと決起し、ええ、ウルトラZ級の離れ技です、間違いなく金メダルです、ただ着地で必ず減点されてしまいますが、ふふ。はい、それでとにかくわたしはまた落ちました。体を捻って、一回二回三回……と数えていきます。十回二十回……、それはいいペースでした。更新は確実です。でも、そのときでした。頭ごと下を向くわたしの目に、見知らぬ板が飛び込んできたのです。はい、ちょうどプールのジャンプ台のような板です。わたしはもちろんびっくりしました。それまでわたしはその板はおろか、自分自身の姿すら見たことがなかったんです。板は、仄かに光っていました。わたしが思わず手を伸ばすと、運よく指が掛かりました。そこまではよかったのですが、落下の速度も早いですし、板はバネのように軋みます。その反動でわたしはもう一度舞い上がり、そして着地したんです。ええ、その板に。倒立で。  ふふ、おかしいでしょ? (陽子はそこで一旦切り、久下の買ってきたオレンジジュースを飲んだ。一度窓からの景色を見た。青空、雲はささやく程度。本棚には少女コミックが巻数の順に揃う。花瓶の花は不明の一言に尽きる。陽子は切りそろえた前髪を触り、静かに頷く。)
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