美の慟哭

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 そんなenfant terribleがこの中に紛れているとも知らず、残りの五人は銘々に頷いたり注文を行っている。コーラ、メロンソーダ、……グレープフルーツ、タピオカミルクティ、んーじゃああたしクリームソーダ、あ、ねえねえ、ピザはー、じゃあピザ、あ、ミートソースも、あとは唐揚げバスケットとー、ん、あとは何にする、うん、こんなんでいっか、とりあえず、うん、とりあえずイラッと来たがおくびには出さず、レスカとだけ言い残して団塊から逃れる。封を開けたばかりのセッターを咥え――バットはうち、セッタはそと――ふと周りを見渡して、いない。そろそろとキッチンの入り口に近づき、暖簾の先を覗いて、いない。首を傾げる。休みだろうか、しかし今日は確かなどと考えていると、脇の階段の上から、「あっ!」という疳高い声が注がれてき、僕もまた瞠目しながら見上げ――しかる後ににやけた。  見ると一人の女の子が、階段の上で持っていたお盆ごと手を振っていた。すぐに小走りに階段を降りてくる。僕もまた彼女の方へ寄っていき、切りそろえられた漆黒の前髪ととりあえずヘヴンリィ時代のハイドを更に女性化させたのち、ずっと幼くした風のご尊顔を拝した。 「今日もバイトだったんだ、明(あきら)」 「ん、そうだよ、今日日曜じゃんか。あれ、言わなかったっけ?」  僕の白々とした質問に、化粧っ気のない顔を傾ける明。僕は「そう?」などとすっとぼけ、しかし明は可愛い。 「そうだそうだ聞いてよ! “俺”とうとう貯金三十万貯まったんだぜ?」早速自慢げにありもしない胸を張っている。明はこのように極度の貧乳である上稀代の俺っ娘でもある、かと思えば「あ、店長、僕が案内します!」と、店長に対してのみ僕っ娘になってマイクだの伝票だの入ったカゴを受け取っている。しかし明は可愛い。
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