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街のノイズと雨音だけが聞
こえる傘の中、二人は特に何
かを話そうとはしなかった。
「……」
純平とは逆に、牧村の心は
穏やかな時の中にあった。
傘を叩く雨粒の音が心地良
い。隣りには愛する人が、自
分を意識して頬を赤らめてい
る。
ちらりと純平の横顔を見下
ろして、小さな耳が目に止ま
る――始めて並んで歩いた時
に気が付いた耳の小ささ。本
人に言ったことはないが、隣
りを歩いている時はよくその
印象を思い出す。
クスリと人知れず笑った。
あの時はこの青年に恋をす
るとは思っていなかった。
あれからまだ数ヶ月……孤
独の闇に沈んでいたあの頃が
懐かしくさえ感じられた。
「純平君」
声をかけると純平はやっと
牧村を見返す――
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