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冷たい北風が、夜空から降る小さな水の結晶を、花吹雪のように舞い上げた。
ジンジンとした感覚を両耳に感じるが、寒いという実感は湧かなかった。
溜め息が、白く吐き出される。
その人は、誰も居ない暗闇の世界に包まれている、沈とした病院の庭のベンチに、倒れるように腰掛けた。
左の足と手、そして頚に巻かれたギプスの存在感が彼の感情を抑圧させているように見える。
「なんで、なんで、どうして、俺だけが・・・・」
生き残ってしまったんだ、その言葉は、不意に吹いた北風に拐われていった。
頬を叩く細かな雪が体温で溶けていく。
まるで泣いている様に見える。
しかし、実際は、すでにもう、泣くだけの気力もない。
右の掌をゆっくりと開き、見つめる。
瘡蓋になりかけた、細かな傷痕が何本も、手首に在った。
「俺が、あんなこと、しなければ、良かったんだ」
俺が全ての悪因のモト。
その人は、親指を唇に近づけると、力一杯、噛み締めた。
うぅーぅーっ、と慟哭の声が暗闇に響く。
背中を丸めた後ろ姿が悲壮感を漂わせていた。
声にならない悲鳴をあげ、ただただ、自分自身の愚かさをその身に刻み込むことしか、出来なかった。
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