1.「夢で聞く音」は真夜中に

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 僕は、今日も行きつけの楽器店に足を運ぶ。このお店は十二階建ての大きいビルの中にあり、最上階に位置している。ここにはさまざまな楽器が並んでいて、種類も沢山あり、何を買おうか迷うほどである。僕はただ眺めているだけであったが、何度も足を運ぶうちに、いつしか店員に顔を覚えられ、今では日常的に会話をするまでになっていた。 「やあ、またウチの楽器を見に来たのかい?」  店員は、僕に話しかける。もう何度も聞いている言葉だ。 「はい、こういった楽器店はここしかありませんし。」  このお店は、他のお店と比べると、かなり変わっている。言葉でお店の雰囲気を説明するのは難しいが、簡単に言えば、楽器店とバーが一緒になった感じである。窓際には、実際に楽器を演奏するためのスペースが設けられていて、楽器を持っている客が来た時には、ここで演奏が行われる事もある。お店の閉店時間は二十三時と遅いが、閉店間際に居る客は少ない。僕は、不思議な物が好きだ、という理由で夜遅くまでこのお店に居る事が多い。このお店の不思議な所は、店内の空間そのものだ。 「やっぱり、このお店は不思議ですね。楽器店なのにバーがあるなんて。ここら辺だけ雰囲気が違いますし。」 「まあ、店長の趣味ですからねぇ。僕も、最初は驚きましたよ。」 「趣味ねぇ……。」  店長に会った事は何度かあるが、店長は夜にならないと姿を見せない。今は、まだ夕方の五時を過ぎたところだ。この時間帯は、この店に訪れる客が最も多くなる。しかし、僕みたいに長い間お店の中に居る客は少ない。僕ぐらいであろう。僕がこのお店によく来るようになったのは、ある事がきっかけだった。 「あの、店員さん。僕、また……あの夢を見たんです。」 「ん、またかい?その、『奇妙な笛の音がする』っていう夢。」 「はい、何回見ても、このビルの上の方から聞こえてくる感じで……。多分ですけど、このお店から聞こえてきてるんだと思うんです。」 「でも、このお店には、あなたの言う『奇妙な音』がする笛なんて、ありませんよ。僕も、試しにこのお店にある全部の笛を吹いてみましたけど、どれも普通に音が鳴りましたし。」 「ですよね……。僕も何度か試したんですけど、店員さんの言った通りですよ。」 「参ったなあ。あなたがこのお店に五回訪れた時ぐらいから、僕もそんな夢を見るんですよ。ここ最近ずっと。」
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