1.「夢で聞く音」は真夜中に

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「えっ……?それは不思議ですね。僕の場合は、このお店に来た日に限って見るんですよ。多分、今夜もまた見るんじゃないかな……。」  僕が最近よく見る夢。それは、真夜中にこのビルの中から奇妙な笛の音がする夢だ。その音は、正気では聴いていられないほどに狂ったような感じで、時には気持ち悪くなってしまうこともある。しかし、不思議なことだが、現実では一度もこの笛の音を聴いた事がない。夢の中で奏でられる笛ーー。この事から、僕は、その笛を『夢奏の笛』と名付けている。だが、肝心な夢奏の笛を、夢の中でも現実でも見た事がない。そのせいで、夢奏の笛の事が、すごく気になっていた。色も、形も、どこにあるのかも、何もかもが解らない。ただ一つ解る事は、このビルの中から音が聞こえてくる、という事だけだった。今夜、再びその夢を見るならば、今日こそは、少しでも新たな手掛かりを掴みたい、と思っていた。  閉店の時間が近づくと、僕はお店を出て、ビルのエレベーターを使って、外に出た。まだ夕食を食べていなかったため、お腹がかなり空いていた。僕は、迷わず牛丼屋に足を運び、牛丼ではなくカレーを注文する。こういう空腹状態の時は、大好物のカレーに尽きる。 「ごちそうさまでしたー。」 「ありがとうございます、またお越しください。」  わずか数分で食べ終えると、僕は、いつものように自宅に戻る。自宅は、会社からも楽器店からも近く、そこに一人で暮らしている。荷物を適当に置き、まずは風呂に入って疲れを取る。風呂から上がると、歯を磨きながら、今日の洗濯物を洗濯機に入れて、洗い始める。時間が経ち、洗濯が終わると、速やかに洗濯物を取り出して、物干し竿に掛ける。あとは、寝る時間になるまで、本を読むなり、音楽を聴くなりして、まったり過ごす。……そう、ここまでは普通。問題なのは、これから見る夢だ。今日も、また夢奏の笛の夢を見るだろう、と予想する。そして、灯りを消して布団に入り、そのまま眠りに就いた。    *** (はあ……、今日の残業は長かったな……。)  僕は、行きつけの楽器店があるビルの近くに居る。 この日、残業を終えた時には、二十三時を、とうに過ぎていた。行きつけの楽器店は、もうとっくに閉店している。近くの食事店で夕食を食べる事にした僕は、真っ先にそのお店へと向かって行った。
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