1.「夢で聞く音」は真夜中に

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 食事を終えた時には、もう、五分もしないうちに日が替わりそうな時間になっていた。僕は、自宅に戻ろうとして、お店を出ると、楽器店があるビルの前を通りかかる。その時だった。  ビーーー、ギーーー (うあ、耳が痛い……。)  日が替わると同時に、あの音が聞こえてくる。僕は、少しでも音が小さくなるように、いつものように両手で強く耳を塞ぐ。ところが、いつもなら僅かに小さくなるはずの音が、なぜか全く小さくならない。聞こえてくる夢奏の笛の音は、相変わらずのように調子が外れていて、耳どころか、意識までも狂ってしまいそうになる。それでも、今日こそは夢奏の笛の正体を突き止めよう、と思っていた僕は、ついに楽器店に近づくことにした。  ビルに近づくにつれて、笛の音は大きくなっていく。僕は、その度に両耳を押さえている両手に力を入れる。しかし、どうしても音は小さくならない。そうこうしてるうちに、今度は頭が痛くなってくる。無意識に力が入り過ぎて動かせない両手を動かそうと必死になりながら歩いて、僕は、ようやくビルの入り口に着いた。  ……驚いた事がある。灯りが一つも点いていない、閉まりきっているはずのビルだが、閉館の看板がどこにも無い。それどころか、なんと、入り口の扉が開けっぱなしになっていたのだ。これはさすがに不審に思ったが、開いているとなれば、夢奏の笛の正体を突き止める、最大のチャンスとも言える。……警報さえ鳴らなければ、の話だが。本来ならドキドキしながら足を踏み入れるところなのだが、笛の音が酷くて、それどころではない。耳の痛み、頭の痛みの二つと戦いながら、ビルの中に入る。  信じられない事だが、警報音は鳴らなかった。警報が鳴れば、赤いランプが光りだすはずだ。耳が聞こえなくても、光で判る。ところが、警報装置が全く作動しないのだ。……これは、行くしかない。  僕は、意を決して、階段を上っていく。二階、三階……と、両手が塞がった状態で、ゆっくりと上っていく。笛の音は次第に大きくなり、耳の痛み、頭の痛みは、どんどん悪化していく。それに加えて、今度は、意識が朦朧としてきた。僕は、途中で足を止めながら、必死に階段を上がっていく。ところが、十一階まであと一段、といったところで、足元が躓いてしまう。 「あっ……!」  ここで、両手がようやく耳から離れたが、その場で倒れてしまい、笛の音が直に聞こえてしまった。
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