第1章

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「斎木さん大丈夫ですか? もうすぐ着きますから起きてください」 「……んっ、悪い高条、ウチまで連れて行ってくれないか」  斎木智博は部下である高条裕也にもたれ掛り、ふらつく身体を支えてもらうようにしがみつき、タクシーから降車した。  接待で取引先と飲んでいたのはもう2時間も前で、その後に打ち合わせがしたいと高条を誘い、先ほどまでお気に入りのバーで飲んでいたのだ。 「ここまで斎木さんが酔うのは珍しいですね」  接待慣れしているせいで、人前で醜態を晒すことは殆どないのを知っているせいか、今日の俺の様子に苦笑いをしている。 「久しぶりに二人っきりで飲んだもんだから、嬉しくてつい飲み過ぎたようだ。こんなになるまで止めなかった責任で最後まで面倒見てくれよな」 「…………もうすぐ家に着きますから大丈夫ですよ」  肩に腕を回し、高条に支えられるようにして斎木の住むマンションへと入っていく。建物の入り口前に来て「ここまででいいか」と言われても帰すわけがない。 「鍵は胸の内ポケットの中。早く開けてくれ」  自分から鍵を出そうとしない俺に、小さくため息をつき、鍵を取り出そうと俺のスーツの上着の中に手を差し入れた。ちゃんと取り出しやすいように身体を高条の真正面に向けバンザイをするように腕を広げ、取り出したと同時にふらついたフリをして抱きついた。 「――ッ、大丈夫ですか?」 「早く中に……」  具合が悪いかのように見せかけ、俺は高条の広い胸板に遠慮などせずしがみつく。この体勢では歩きづらいのはわかっているが、それでも文句も言わずに俺を部屋へと運んでくれた。  本当に彼は優しい。    優しいだけじゃなく落ち着いた雰囲気に、逞しい身体つきが安心感を与えてくれる。年齢より老けて見えるから、決してイケメンではないだろう。でも、俺にとっては彼以上にカッコいい男などいないと思えるほどで、一緒にいてホッとしてしまうほど、頼れる男なのだ。    俺が彼に初めて会ったのは大学生の頃に行った会社説明会の会場だった。    まだその企業に入って1?2年なのだろう、今よりも多少初々しさを残した彼が、俺たちに企業の良さを懸命にアピールしていた。
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