昭和10年末。

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 北澤森一の名を聞くなり、嵐山が浅草は鷹刃長屋での一夜と音梨和平陸軍少尉のこととを思い出したのは言うまでもない。 やがて森一が廣之進のみならずウナギ組一行とも打ち解けた頃、森一は一行を最寄の東屋に誘いとあることを尋ねるのであった。 「諸君の中に現在交際中の者はいるかい? もしいるのなら、ほんの四年ばかりとはいえ人生の先輩として忠告しよう。 漢なら、惚れた女子とは絶対に離れてはいかん。 例え努力の甲斐なく離れ離れになっても、絶対に再会を諦めてはいかん」 森一がそう述べた瞬間、一行の脳裏にとある海兵3号生徒の顔が浮かんだのは言うまでもない。 それを知ってか知らずか森一は、真剣な面持ちにて話を続ける。 とてもではないが、陽光が兵学校生徒ではない事など言い出せる雰囲気ではなかった。
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