昭和10年末。

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 その頃神戸は加納町二丁目の洋菓子屋グラスカステン近くでは、岡本豊主計大尉と鵜沼秀恒主計兵曹長とが、摩耶夫人からのプレゼントらしき御厚意と悪戯に苦笑している。 青田刈り計画対象者の一人一式陸攻生徒がグラスカステン店内にいた事は、岡本主計大尉にしてみれば嬉しい誤算であった。 しかし一式生徒の傍らには… 「どうします主計長?」 「これは弱りましたね…」 岡本主計大尉が弱った理由は言うまでもない。 逢い引きの途中である二人の邪魔をするなど、彼に言わせれば無粋の極みなのだ。 また、市電通りをカッポカッポと馬が通り過ぎようとしている事も、彼が青田刈りに二の足を踏んでいる重要な要素と言える。 「出直しますか主計長?」 「それしかありませんね。 下っ端とは言え巡洋艦の主計長が馬に蹴られたとあっては、戦艦の連中に笑われてしまいます」 馬についてはさておき、岡本主計長の言葉通り巡洋艦の乗組員と戦艦の乗組員とはお互いライバル同士である。 ましてや当時は大艦巨砲主義が大手を振っていた頃であるから、摩耶の20.3㎝連装砲を豆鉄砲呼ばわりする戦艦乗組員特に砲術科員も少なくなかったのだ。 尤も、そうからかわれた巡洋艦の乗組員たち特に水雷科員は、鈍速の戦艦など魚雷の的に過ぎないと言い返す訳なのだが。
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