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「はぁ......、美しい......」
暗闇に隙間から少しだけ差す、
ほのかな月明かり。
全てが黒、その中で。
濃淡だけで朧気に見える黒の立体。
目をよく凝らし、その微かな動きを感じとる。月明かりが移ろぎ、全容が明らかになる。
「......!......!!」
身動きをしているそれは
縛られ肉を削がれた女
立ちこめる動物臭と滴るむわっとした鉄臭い空気、やや暖かい。
身動きではなかった、痙攣だ。
よじれているといってもいい。
それを見ている。
私たちはそれを一緒に見ている。
な に と ?
その光景を作り出した、いや光はほぼないから暗景とでも言うべきか、
直視しかねるような有り様を前に満足気な、一人の人間とだ。
鼻歌が響く。痙攣に合わせて鳴っている椅子と床の悲鳴をリズムに乗せて。
この人間、この状況で何を楽しんでいるのか?
いや、違う。
ここで君たちが想像するようなシリアルキラー、人肉主義者、快楽殺人、暗殺、その辺りの理由とこの有り様を作り出した人間は違う。
「さて、もう十分だし殺しきっておこうか」
刃物を手に
「いや疲れたし充実したからこのまま放っておくか」
随分とずさんな始末。
捕まるのはどうでもいい?
いいや、それは困る。
後片付け?
それにも困る。
ならば答えは出ている。
まあ、そのままでいいか、と。
人間は、人間だったものを一瞥してそれを日曜大工を終えたお父さんの様な気分でそのまま置いてそこを後にした。
月明かりも気を利かせてか、そっと去った。
さながら、舞台の幕引きのようにライトアップは消え、うすぼんやりと陰影が目に焼き付くよう。
役者が去り明かりも消え、奏でていた音も止まった......。
女だったものはただの固い塊になった。
シンと冷えたコンクリートの床、熱い血潮に包まれながら
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