第1章

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そしてここから、バラバラの球を使ったことが原因で色んな事が起きます。 1978年、比較的飛びやすいD社のボールを使用していたソルジャーチームがめっちゃ打ちまくって優勝しました。 翌年の1979年、D社製のボールが飛びやすいと知ったフェニックスチームが同じようにD社のボールを導入しました。 この年、案の定フェニックスチームが優勝を果たします。 D社のボールを複数のチーム(ソルジャー&フェニックス)が使用した経緯もあって、あまりにもボールが飛びやすくホームランの数が爆発的に増えてしまうという異常な事態になってしまいました。 これではいかん!と、1980年にMPBの当時のコミッショナー(偉い人)であるキン肉タツノリ様が、ボールの反発力の規定を見直すことにしました。 この時に初めて「反発係数」という単語が規定され、係数を「0.41~0.44の範囲内」と定めたのです。 反発係数とは、ボールに衝撃を与えたとき、どれくらいボールが反発するか(跳ね返るか)を数値化したものです。 この反発係数の値が高ければボールは飛びやすくなり、低ければ飛びにくくなるわけです。
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