英雄の盾

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 男はまた拭く作業に戻り、わたしの髪、顔、肩、腕、乳房、腰、性器だけには行かず太股、脹ら脛、足の裏、次に抱きかかえられてうつ伏せにされ、背中、お尻、その時には既に息が荒い。  わたしは溜息をつき、もう一度仰向けにされたところで、「いいよ?」足を開いた。  それを聞いた男は顔を歪め、暫くはもじもじとしていた。謝罪の念が口からぽつりと出た。決壊したように、自身への糾弾が溢れた。  そうして彼は、今宵最後の九人目となった。泣きながら腰を振るその姿は、はじめてわたしを抱いた時から何ひとつ変わらない。あれは何時だったか、まだ確かわたしが十三歳で、彼が十五になったばかりの頃でもあったろう。泣くくらいならしなければいいだろうとも思うのだが、逆を言えば、泣いても尚自身のしたいことを成し遂げる意志の強さがそこには感じられる。そして、彼のそういった部分がわたしは好きだ。  だからわたしは、さも自分が感じているように声を出す。自分で言っていて頬が熱くなるが、時には「気持ちいいよ」とすら言ってあげる。「ああ、そこ。もっと」なんて言ってあげる。言っていて文字通り死にたくなるが、「ああ、くる、いっちゃう」だなんて言ってあげる。実際一人くらい増えたところで大差はないし、彼はわたしを本当に大切に抱くので、全く弊害にはならない。悪く言えば端にも棒にも掛からないのだが、彼はわたししか知らないのだ。責めるのはお門違いというものだろう。性交とは元来、愛し合う者が二人、例えばきっと愛の巣で、例えばきっと綺麗な湖のほとりで、例えばきっと、……そうだ、どこかわからないけれど素敵な場所で行うべきで、しかしこの前途洋々な若い彼の吐き出す先はこんなにも暗い異臭の漂う一室、という引け目もわたしの中にはあった。
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