英雄の盾

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 下段の食事運搬用の蓋が開閉されるのがわかり、「ご存知、ご飯の時間だよう」とその“看守長殿”は言った。  そうして足音が過ぎ去るのを待ち、ようやくわたしは目を開ける。そして食事を取りに行こうと立ち上がった刹那、突如として小窓が開いた。看守長が両手で目を見開き白目を作っていた。誰かの手が小窓を閉めた。  わたしは首を振り、今度こそ食事を取りに行った。  ☆ ☆ ☆   この監獄に放り込まれたのは、かれこれ五年も前のことだ。革命の機運を事務局が掴み、結果辿り着いたのがわたしだった。もっとも彼等は、決起集会にて捕縛した時にも一様に困惑の表情を浮かべていた。何故ならわたしは当時十一歳で、少なくともそんな政治上のことは何もしらないような儚げ且つ超絶的な美少女で、おまけに王の血脈を最も近きし場所で引き継いでいた。父でもある王はそれを聞き当たり前のように憤慨した。『わたしの娘がそのようなことをするはずはない!』と。だが実際のところ主導したのはわたしで間違いなかった。完璧と自負していたわたしの性格と計画は、当時自室にまでは及んでおらず、散らかった部屋からは芋づる式に証拠がわんさか出てきた。それを知った王でもある父は、信じられない様子で、それでもやはり憤慨した。『この痴れ者!』と。若干涙ぐんでいた。この父でも王でもある男は、生来からして気の弱いところがあるのだ。もっともその性格が国を長続きさせた結果、腐敗もまた、どうにもならないところまで来てしまったのだろうけれど。……当然だが憂いてなどはいない、全然だ。否定して、蔑んで泣いて喚いて壊して変わるようなら厭わないが、実際に右隅の排泄用の桶も、左隅の体を吹く為に用意されたいやに薔薇の香のする水入りの桶も、五年前から全く微動だにしない。  そう、これが現実だ。そして、この現実からすべからく始まらなくてはいけない。そのためにわたしは黒パンを取って豪快にかぶりつく。ねちゃねちゃと歯の裏で粘り着く下等品であり、はじめの頃は喉を通らなかったが、味わいが深く今では結構気に入っている。わたしはよく噛んで嚥下し、野菜のゴロゴロと入った、底の見えるほど味付けの薄いスープ皿へ口をつけて流し込む。野菜を指で摘んでひょいひょい放り込む。その指を舐めながらふと足元をみやると、オレンジが転がっていた。
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