第1章

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 約束の時間の五分前に到着すると、既にその団地の住民の代表たちは全員が集会所に集まっていた。俺は既に会っていた自治会長さんに深々とお辞儀をし、「厚生労働省、国民幸福度調査課」の肩書が入った名刺を手渡した。  東京の住宅地によくある、老朽化して灰色に煤けたような外壁の五階建の団地の建物の谷間に、ぽつんとプレハブ造りのみすぼらしい小さな集会所がある。この団地に来たのは初めてなのだが、俺はいつもの既視感に包まれた。  どうして東京の、いやこの国の団地というやつは、どこもかしこも同じような造りで、誰もかれもが同じような雰囲気なのだろう。思わずため息が出そうになったが、団地の住民の目の前でそんなそぶりを欠片たりとも見せるわけにはいかない。  精一杯愛想が良さそうに見える微笑を浮かべながら、俺は集会所の中に入った。八月のうだるような暑さに、さらに追い打ちをかけるように建物の中はむっとする湿気が漂っていた。  天井近くに旧式の小さなエアコンがあって動いてはいるのだが、あまり効きが良くないようだ。俺は五十代半ばらしい、小太りで頭のてっぺんがかなり薄くなった自治会長にまず丁寧にお礼を述べた。 「本日は国民幸福度調査にご協力いただき、まことにありがとうございます。すみません、時間通りに来たつもりだったのですが、みなさんをお待たせしてしまったようで」  自治会長は右手を顔の前で大きく横に振って笑顔で答えた。 「いやいや、そちらこそ、この暑い最中にお仕事とはいえ、ご苦労さまです。まだお若いのに、大変なお仕事ですね。ご指示通り、サンプルの例にぴったりの住人を集めてあります。ま、とにかく中へどうぞ」
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