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「百合が咲いたよ、お母」
少し間を置いて並んでいる二つの小さな石の前で、日生は褐色に焼けた小さな顔に穏やかな笑いを浮かべた。
「一月前は葉っぱか蕾かも分かんねがったのに、もう立派な花が開いた」
並んだ石の後ろの叢には、微かに黄緑を残した、白い百合の花が一輪、微風に揺れている。
若者の太い一文字眉の切れ上がった目は、眩しげにその様子に見入った。
「お父も、もう十年か」
日生はそう呟くと、二つのうち古い方の石にこびり付いた砂埃を払い落とした。
「きっと、俺の方が丈は大きくなったよな」
石をまた元の位置に置きなおすと、節くれだった大きな手で確かめるように石の頭を撫でる。
「最後に抱っこしてくれた時、お父が倍も大きく見えたんだ」
風がさやかに吹き抜けて、二つの墓石に落ちる木の葉の影が手を振るように揺れた。
「年が明けたら、もう二十歳だから、泣かねえ」
潤んだ目で告げると、日生は足許に置いた解れの目立つ笠を被り、傍らの行李を背負う。
「じゃ、行ってくるよ」
返事の変わりに、木々の緑の葉が通り抜ける風にざわめいた。
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