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「しかし、今日は暑いなあ」
蝉の声が絶え間なく鳴り響く山道で、日生は顔から頸の下を一息に拭う。
だが、容赦なく照りつける夏の陽は、若者の額に新たな汗の粒を生じさせた。
「向こうの泉にちょっと寄ってくか」
本来の下り道を外れて、脇の細い上り道に入る。
傾斜の急なこの道に入ると、照りつく日差しは多少和らぐものの、むっとした草いきれの気配が鼻を突いた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだ」
日生は荒い息で呟くと、顎の下まで生い茂った手前の笹を掻き分けていく。
道が少し開けて、今度は若者の倍も高い竹の立ち並ぶところに出た。
鳥が何羽か甲高い声で囀りながら少し上を通り過ぎる。
――キイ、キイ、キイ、キイ。
竹林の中を鳴き声が遠ざかりつつ、尾を引くように反響する。
日生は歩きながら、鳥の飛び去る方をちらと振り返るが、また前に向き直った。
――キイ、キイ、アハハ、キイ、フフフフフ……。
弱まっていく鳥の囀りに、また別の澄んだ声音が紛れ込む。
日生は構わず青緑の竹の中を進んでいく。
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