【1】尾上家の現実

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政も、時々、自分の力で稼げる金額の少なさにこぼす日もあった。 けれど、彼に、書道家として生きる以外の道は考えられない。 政は子供の頃から立てた志を実現させる為に学生の頃から準備していたし、加奈江も彼が書道家として生きる姿以外は想像できない。 これでいいの。 爪に火を灯すような生活を、加奈江は笑って場を和ませ、手を、針を動かした。 若者故の気楽さだ。 「何とかなるわよ」と。 給料日前、お財布の中身が乏しい時は常備野菜や小さい畑から取ってきたもので天ぷらを作った。 野菜天ぷら = 家計の危機というやつだったが、からっと揚がった天ぷらに舌鼓を打ち、美味いという夫の言葉には嘘もみじめさも微塵も感じられなかった。
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