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「ご指名ありがとうございます。マヤです。はじめまして、ですよね?」
「不如帰って夜鳴き鳥だろ。不娼婦なら何を鳴くってんだよ」
思わず、ドレスのホルターを解こうと首に回した手が止まる。
いつも通りに、跨って、晒して、押し付けて、撫でさせて、舐めさせて、吸わせて。マニュアル化された行為をこなそうと引っ込みかけていた思考が慌てる。
「聞いてたの」
いつもなら、盗み聞きなんて悪趣味ね、くらい返すところなのに。何これ、調子狂う。
「隣のシートだったじゃねえかよ」
取り敢えず、唇を預けたふりをしながら、サテン地のホルターの端と平常心を手探る。
「ああ、それで。でも、娼婦のあたしにそれを聞く?」
唇の触れる距離で繋がったままの唾液に沿わせて囁いて、ふと目を合わせる。驚いた。垂れ目の蛇っているのね。逸らせない。辛うじて捕らえたサテンを引く手さえも止められてしまう。これじゃ、売れない。
「その、あたし、ってのやめろよ。似合わない。無理すんな」
似合わない、はあたしの口癖。やめて、
「良いの?」
男は黙って私の頬を両手で包み込み、柔らかく睨んだ。それこそ、"あたし"を見透かすように。
気が付けば、性と生を一番貪りたがっていたのは、紛れもなく私自身だった。
「なあ、全部俺に売れよ。お前の春」
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