兄貴と蛇

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その日から異変が現れ始めた。夜、眠っていると身体のあちこちにねっとりとした何かがすり抜けていく感覚と、シャーシャーと舌を出し入れするような呼吸が聞こえてくる。 蛇。蛇がのたうっている感じだ。 無意識のうちにそんな言葉が思い出された。蛇なんて、あいつの言葉が蘇る。 「君の首に蛇が巻きついているよ」と、俺には蛇にまつわることなんてなんにも思い浮かばない。いや、あいつは俺を見捨てたことを恨んでいるのか? そう思えば辻褄があう。あいつは虫を殺したり、よくわからないオカルトめいたことに手を出していると風の噂で聞いたことがあった。もしも、蛇の呪いがあるとするのならそれはあいつが俺に仕掛けたのかも、ああして宣告することで引き金を引く…………? 漫画で得た知識の影響でどんどん悪い方向に思考が進んでいく。まさか、そんなこと、ありえるわけがないと思っても、それは現実に起こり始めていた。 日に日に蛇の気配は強くなっていく。夜に限らず薄暗い場所やうっかり死角になる場所も蛇らしき影がゴロゴロと転がりでてきた。 あいつは、そういう時に限って学校を休んでいるし、年下の弟君に話しても余計な混乱を招くだけだし、弟君の交友関係はものすごいのでうかつに噂話になるようなネタを提供するわけにはいかない。 俺が、あいつと仲がよかったのは誰もが知っている。俺も同類とは思われたくなんかない、もう、無関係なんだ。自分勝手な言い訳を並べつつ俺は日々を過ごしていた。 暗闇が恐ろしい、暗闇から現れる蛇に噛まれでもしたら、もしも猛毒の蛇だったら小学生らしい肥大した妄がさらに悪い方向に落ちる。どうしたらいいんだと思い悩んでいた矢先。 『その人』は夜中、現れた。 掛け布団に四つん這いの全裸の女性がそこにいた艶めかしい茶褐色の肌に赤い瞳と妖艶に揺らめく口元、そして何よりも目を引いたのはその髪の毛だった。全部、蛇、毛先がすべて蛇になっていて、鎌首をもたげた蛇達が俺を睨みつけていた。 「妾が怖いか?」 その人はそろりそろりと近寄りながら言った。とうの怖れて身動きがとれない。 「妾はうぬのような小僧は好きじゃぞ。美味そうな目玉をしておるのう。蛇を一匹、口に放り込めばすぐに窒息死させて目玉をほじり出すか」 そんなことされてはかなわないと、首を真横に振るうと女はカカカと笑った。 「安心しろ。妾のことを誰にも言わん限り殺しはせんよ」
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