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ふと、視線を落とした。手足は小さくて、腕も脚も短くて、髮は腰まで伸びていて――体も幼いころに戻っていた。
やっと帰って来られたんだ。思わず笑いが込みあげてくる。
ほころぶ顔を、ぼふっ、と枕にうずめた。寝返りをうって、今度はもっと力強く、ぎゅうと抱きしめる。夏なのに、不思議と暑苦しくない。
今のまま苦(にが)いものには目をつむって、ずっとこの夢みたいな場所に埋もれていたいと思った、その時だった。
わたしは嬉しさのあまり、力を緩めてしまったのだ。白い小さなものが腕の輪っかから外れる。まるで逃げていくみたいだった。これが何なのかわかるまでに、時間は必要なかった。
「あ――!」
ベッドから転げ落ちるスズに手を伸ばす。伸ばしたけれど、短い腕ではあと少しのところで届かない。
スズは暗闇に消えてしまった。
すぐに、わたしは必死になって彼女をさがした。ベッドの下はもちろん、引出しや本棚も見た。いつの間にか体は元に戻っていたけれど、構わずさがす。弟の部屋に戻り、ゴミ箱の中身を撒き散らしたりもした。でもとうとうスズには会えなかった。綺麗に片づいて平らになった床に、鼻紙が転がっただけだった。
沈んだ気持ちで家族の団欒に入った。窓は網戸だった。涼やかな暮れの風にショートヘアーを揺らしながら、忘れなきゃいけない思い出もあるんだと、わたしは悟った。
なかなか姿を見せないので、スズの顔がどんなだったか、たった一週間しか経っていない今でももう忘れている。いつかまた陽(ひ)を見ることを夢見て、きっと部屋か頭の隅でじっとしているのだと思う。
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