記憶の固執

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「ああ、もう……!」  懐かしさからゴミ箱の前に膝をつき、彼女を両手にとって、丁寧にほこりを払う。汚れて濁った茶目を見つめていると、心臓がひねり潰されるように痛んで、辛かった。  いつから、なぜ忘れてしまっていたのだろう。  大切なぬいぐるみだった。弟が生まれる前から、わたしが生まれた時から一緒にいた、わたしの最初の友だちだった。  中身をもう一度覗くと、まだぬいぐるみの他、昔遊んだおもちゃたちが鼻紙なんかと共に和えられている。よく見れば、床のそこかしこにも色んなものが転がっていた。 「なんでスズちゃんを捨てたの?」  振り返って、仔猫につけていた名前を出す。弟はとぼけた表情で、ゴミだから、と呟いた。 「別にそのぬいぐるみのことなんか知らないし……。古いし汚いし、どう見てもゴミじゃん。そんなの、お姉ちゃんが自分の部屋に置いとかないのが悪いんだよ。高校生にもなって、子供みたい――」 「うるさい!」  思い切り、わたしは怒鳴りつけていた。 「ミイには要らなくても、わたしには大切なものなの。こんな、ぞんざいに扱わないでよ!」  ゴミなんて言わないで。ミイはわたしの思い出を知らないから、そんなひどいことができるのよ。  弟がたじろぐ。でも、それはただ単に、声を張り上げられたことに驚いただけであって、決してわたしの気持ちをわかってくれた訳ではなかった。  弟は、特に何も感じていないようだった。  スズやカード、その他もろもろ自分の品をありったけかき集め、キッと睨んでから部屋の戸をバタンと乱暴に閉める。夏の生暖かい風にあおられ、白いワンピースの裾がふわりと柔らかく広がった。  ちょっとすると、ドアの向こうから薄暗い廊下に、またガサガサと音が響いてきた。
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