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その日の午後は本当に幸せだった。
勉強もほったらかしにして、わたしは長いあいだ記憶にふけっていた。一つ一つ取って眺める内に、それで遊びはじめてしまったのだ。
途中、片づけも終わったらしく、弟が階段を降りて行く音がした。たぶん昼食をとるのだろう。わたしも呼ばれたけれど、それっきりだった。誰にも邪魔されず、役に立たない宝物をいじる。
小さな人形の家。おもちゃのネックレスや指輪。お菓子の缶に区別なく入れられた、きらきら光るビーズや旅行先で拾った貝殻。
きちんとわたしの中に残っていた。何もかも記憶の隅から、すっと手にしたがって引き出せる。
幼い頃のスケッチブックが見つかった。もう拙すぎて、何が描いてあるのかもわからない。文字とも絵とも判断できないものを見詰めながら、あの頃はよかったな、と心の底から思った。
勉強もやらなくていい。一日中好きなことをして遊んでいたっけ。
「戻りたいなあ……」
沢山のぬいぐるみを抱えてベッドに上がり、足を投げ出して坐る。赤らんでゆく空を追ってうとうとしていると、今も思い出も、柔らかく一つに溶けあって見分けが付かなくなった。それが心地よかった。小さな虫みたいに頬にまとわりつく現実も、ちっとも気にならない。
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