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「面白い話を聞かせてやろうか」
友人は唐突にこう言った。
友人の話によれば、どうやら場所は定かではないが、どこかに命をはかる病院というのがあるらしい。
そこへ入院すると、「あなたの命をはかりましょうか」と問われることがあるのだそうだ。
「命をはかるとはどうするのだね。いったい、人の命に大きさがあるのかい」
私が問うと友人はすました顔で、それは分からない、とだけ答えた。
そんな話も忘れられたとある日、私は仕事先で体調を悪くしてしまい病院へと運ばれた。
けっきょく大事には至らなかったのだけれど、検査も兼ねて数日だけ入院する運びとなった。
2日もすれば私の入院生活は退屈に飲み込まれていく。
そんな折、病院の人間が私に話しかけてきたのだ。
「どうですか調子の方は」
相手は白衣を着た男性だった。
歳の頃は五十を越えるかどうか、といったところだろうか。
「おかげ様で体調はこの通りすっかり良くなりました。しかし、病院での生活というのはどうにも暇を持て余してしまいますね」
私は苦笑して答えた。
「体が良くなったのなら喜ばしいことです。ゆっくり体を休めてください」
にこにこしながら相手はそう言う。
そこからしばし談笑していると、ふとした瞬間に男性はこう言い放った。
「あなたの命をはかりましょうか」
私は面食らった。
友人から聞かされていた話が忘却の彼方から甦るのをたしかに感じる。
「はい」
私は思わずそう答えてしまった。
男性は相変わらずにこにこしながら、わかりました、とだけ伝えて病室を出ていった。
これは大丈夫なのだろうか。
言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
ゆっくり考えて、明日またあの男性と話をしてみよう、とその日はどうにか心を静めた。
男が亡くなったのは翌日のことだった。
死を悼む男の家族には、容体の急変という聞きなれた言葉が病院側から並べられた。
男の葬儀が執り行われたのはまた明くる日。
葬儀には多数の人間が参列し、男の人望を窺わせた。
葬列には例の白衣の男性の姿も見受けられた。
男性はしきりに辺りを見回しては手に持った紙切れへと何かを書き込んでいる。
男性が書いていたのは泣いている人間の数だった。
かくして男の命は無事にはかり終えられたのである。
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