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もうじき日が暮れる。
この時間になれば浦風は止み、海は押し黙る。
波はその懐に静寂を抱き寄せて、ただおだやかに海面を踊る。
それはまるで時が止まったような錯覚を与えて仕方なかった。
やや沈んだ茜に染まる凍て空は、昼中の明るさをひそめてもなお美しく、細波の生み出す弱々しくも優美な囁きは、聴く者すべてを魅了するに申し分ない。
夕焼けは徐々にその色を増し、海面はあの燃えるような赤を映し出す。
水平線に紅鏡がさしかかる頃、海の表には海岸までまっすぐに伸びる、一筋の光る道ができあがっているようにも思えた。
ようやく沈む。
大地を照らし大海を赤く染めた主は、その役目を終えてあの境界の向こうへ飲み込まれていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
名残惜しそうに、何かを噛みしめるかのように。
すると真の暗闇と寂寞の一時が訪れる。
寒天には彼の代わりに妖艶で大きな盈月が君臨した。
しばらくは彼の天下となる。
鈍く光る糠星の群れは、月明かりと寄り添ってひとつの楽団を作り上げ、その二つは音もなく優雅に奏であった。
怪異で神秘なる一夜の絶景は、いつまでも飽かず眺むるにふさわしい。
静まっていた海風も息を吹き返し、小夜嵐といった具合のそれは、岸辺の木々を気ままに揺らし、枝葉を騒騒と鳴らすのだった。
じきに彼もまたあの向こうへ帰る。
明けの明星を置き去りに、我が世の春を謳歌した冬月は、暁天の白む頃を区切りとし、その姿をすっかり隠してしまう。
朝と夜の入れ替わり、なによりこの彼は誰時が、より一層うつくしく海を映えさせるのかもしれない。
早暁となれば辺りの空気は澄みきって、この季節特有の張りを持つ。
自然は何に対しても同じく接する。
日の光も月の明かりも平等にすべてを照らしだす。
吹きすさぶ上風もそれに乗せられた四季の薫りも満遍なく広く行き渡る。
涙雨も黒雨も、遠霞も薄霜も、皆おなじように残るくまなく地上へ及ぶ。
しかし世の中は平等でない。
あの日の下で誰かが生き、あの月の下で誰かが死ぬ。
人の世は目まぐるしく移りゆき、同じ時をいつまでも過ごすことなど叶わない。
それでもここは変わらない。
いつものように日が差して、いつものように月は光る。
変わりゆく人間世界を尻目にし、そのもっともらしい連続をいつまでも、いつまでも繰り返すのだ。
また今日も、いつもと変わらず海は凪ぐ。
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