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一瞬。
乾いた音が、グラウンドを駆け抜けた。
金属バットに弾かれた打球が、前進守備のレフト前に転がっていく。
当たりが強すぎたのか、二塁ランナーは三塁で止まった。
昭和六十三年八月二十二日。
阪神甲子園球場では、全国高校野球選手権大会の、決勝戦が行われていた。
入道雲を追いやった太陽が、夏の熱気を加速させている。
グランドに立っているのは、福岡県代表で初出場の渚高校と、神奈川県を勝ち抜いてきた、過去三回の甲子園優勝を誇る、強豪の光進高校だ。
全国三千校の頂点が、まもなく決まるだろう。
両校のスタンドは、ブラスバンドや太鼓、枯れそうな声で必死の応援を送っている。
甲子園名物の『かちわり』は、すでに売れ切れていた。
試合は九回表ツーアウト満塁。光進高校の攻撃中だ。
得点は6-5で、渚高校が一点をリードしているが、ここでヒットが出ると、光進高校が逆転する。
しかも次のバッターは、この大会ナンバーワンと言われるスラッガーだ。
しかし逆に押さえれば、渚高校の優勝となる。
その渚高校のマウンドには、エースナンバーを付けた、黒木 悠哉が立っていた。
悠哉は吹き出る汗を、アンダーシャツで拭っている。
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