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それは、二ヶ月前の六月。
梅雨入り前の、むし暑い日だった。
『ザッ、ザッ、ザッ……』
悠哉は舗装された県道から、わき道に入った。ランニングシューズが砂利道を蹴っている。
いつも悠哉は、学校から海岸へと続くこの道を、ランニングコースにしていた。
道の両脇には、松林が続く。風の向きが良ければ、潮風を胸いっぱいに吸い込むことが出来る。
昨年夏『渚高校』は、甲子園出場をかけた県大会で、ベストフォーまで勝ち進んだ。
これで無名だった渚高校は、一気に福岡県の強豪校として名を馳せた。
ここまで勝ち進めたのは、地区予選、県大会と、すべての試合を完封した二年生投手、黒木悠哉の活躍があったからだ。
新聞は大きく書きたてた。
【天才投手現れる!】
確かに悠哉のピッチングは、高校生としては群を抜いていた。
ストレートの球速は百五十キロを越え、百三十キロ代のカーブは、ホームベース直前で鋭く縦に曲がる。
対戦相手は言う。
『黒木投手のカーブは、目の前で消える』、と。
人間の目は水平についているので、横の変化には『目がついてくる』が、上下の変化はとらえにくい。それゆえ、スピードのある悠哉の縦の変化には、三振の山を築くしかないようだ。
いつしか“九州の脱三振王”と呼ばれるようになった悠哉は、プロ野球も注目する投手へと成長していった。
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