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ギュッと唇を噛みしめて、そう祈るような気持ちで、どうにか声を絞り出す。
「今、エントランスに居るんですけど」
「ああ、すまない。社長に呼び出しをくらって、遅くなった。今エレベーターにのるからそのまま待っていてくれ」
「はい、わかりました」
プチン、と通話ボタンを切った瞬間、我知らず大きなため息が漏れた。
私は、自分が思ってる以上に、弱い女なのかもしれない。
こんな些細なことで、電話から聞こえる声だけで、こんなにも揺れてしまう。
お酒だけは飲むまい。
課長の歓迎会の悪夢再びだけは、絶対避けなければ。
そんな決意を心密かに固めていると、『チン』と言うレトロな音と共に、エレベーターが止まった。
開くドア。
歩みよってくる、見慣れた人影。
そして。
「驚いたな。女の子は化粧で化けるものだなぁ」
少しおどけたように笑う課長に、せいいっぱの虚勢を張って、
「もう女の子って年じゃないですよ」
作った笑顔をどうにか浮かべる。
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