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うーっ、やだなぁ。
緊張しちゃうなぁ。
緊張と不安で冷たくなった指先をほぐそうと、ごしごしこすり合わせていたら、隣から低い笑い声が降ってきた。
もちろん、笑い声の主は谷田部課長だ。
「なんですか課長、その意味深な笑いは?」
場所柄をはばかって、若干不機嫌さを滲みださせた小声で言いつつ、チラリと隣に佇む課長の横顔に視線を走らせたら案の定、愉快そうに口の端を上げている。
「いや、別に。なんでもない」
そう言って、また喉の奥でクスクスと笑う。
「なんでもないのに笑わないで下さい、気になりますから。何か変だったら、はっきり言って下さいね。会社の恥にはなりたくないので、私」
あくまで小声で、でも課長には声が聞こえるようにと、耳元に口を寄せて早口にそれだけを言って、すぐに身を引く。
「いや、別に変だというわけじゃいんだ。ただ……」
「はい?」
言葉の続きを待ってたら、課長はふっと目元を和らげた。
それは、特別な記憶に思いを馳せるようなとても穏やかで優しい表情で、思わずドキンと鼓動が波打つ。
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