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「あの……、谷田部課長?」
「うん?」
おずおずと、
隣の課長席の図面台で『私の担当工事の柱詳細図』を、華麗なるシャーペンさばきで書きこんでいらっしゃる課長様に声をかけると、シャーペンの動きは止まらないまま、声だけで応答があった。
「課長まで私に付き合って、毎日残業することは無いと思いますけど……」
「どうぜ帰っても1人だし、やることもないからね。気にしない気にしない」
柔らかい声には、笑いの微粒子が含まれている。
課長の自宅は東京都内にあって、関東の一県にある我が社に勤務するために、単身赴任をしてきているのだとか。
まあ、高速道路を使えば1時間半、2時間もあれば余裕で帰れる距離ではあるけど、なぜかアパートで単身赴任。
それを課長から聞き出した美加ちゃんは、喜び勇んですぐさま教えに来てくれたけど、私としては、どう反応して良いのか分からなかった。
少なくとも、『嬉しい!』と、能天気に喜ぶことが出来なかったのは確かだ。
「経験値が低くても、猫の手くらいには役に立つだろう?」
「そ、それはそうですけど、なんだか申し訳なくて……」
気が散るんです、
散りまくるんです。
帰って欲しいんです、帰って!
そんな念波を飛ばしてみるけど、エスパーならぬ常人である私の気持ちが課長に届くわけもなく、
「仕事に遠慮はいらない。使えるものは、どんどん使ってくれて良いから」
なんて、図面台の脇からニコニコスマイルを向けられて、鼓動が早まってしまう私は、ミジンコ並に掬いようがない。
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