16 郷愁

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答えることが出来ずに俯く私の頭に、すうっと、大きな手が乗せられた。 そしてその温もりに宿る、既視感。 それが、今日、会社の玄関先で、頭に感じた温もりと同じものだと不意に気付く。 『ああ、あれは、気のせいなんかじゃなかったんだ』と、 なぜか湧き上がるのは哀しくなるくらいの、安堵感。 「すまなかったな。今日のことは忘れてくれ……」 降りつもる、穏やかな声が、心の奥に眠る琴線を優しく鳴らす。 本当はね。 本当は、一緒に、サバの味噌煮缶で、白いご飯を食べたかった。 ビールと酎ハイで乾杯して、柿ピーをつまんで。 今まで、こんなことがあったのだと、 18歳の女の子だった私も、一緒にお酒が飲める大人の女になったのだと、 2人で、ゆっくり、語らいたかった。 でも、きっとそれだけじゃすまなくなる。 そこで止めておけるほどには、まだ私は大人じゃない。 だから――。 「はい……」 口からこぼれ出したのは、それだけで。 『忘れます。だから、課長も忘れて下さいね!』 と、本当は、明るく言いたかった肝心の言葉は、声にはならなかった。
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