16 郷愁

5/15

545人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
その長い指が、私が手に取ったと同じ商品を掴み『私の持っているカゴの中』にポイっと投げ入れてくる。 え……? 恐る恐る体をねじって、後ろのに佇む背の高い人物へと視線を巡らせ、目に映ったその人の顔を、呆然と見つめた。 少し憮然とした表情は、どこか怒っているようにも見える。 自分で頭をかき回したのか、きちんとセットされていた前髪が、パラパラと額に落ちかかっていた。 なぜそんな表情をしているかよりも、 なぜその人がここに、このコンビニに居るのかが理解できない。 驚きと、困惑。 そして、本能で感じる、危険信号。 色々なものを内包した、それでもやはり驚きの成分を一番多く含んだ掠れた声が、口から押し出される。 「課長……?」 谷田部課長だった。 タクシーで、自分のアパートに帰った筈の上司様の姿が、なぜか目の前にある。 理解しがたい状況の中で、はっと我に返った私は、慌てて外へ、先刻タクシーが停まっていた場所に視線を投げた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

545人が本棚に入れています
本棚に追加