16 郷愁

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案の定、そこにタクシーの姿はない。 課長が、返してしまったのだろう。 どうして? 疑問を声に変える前に、課長の方が先に口を開いた。 「俺もかなり空きっ腹なんだ。どうせ帰っても何もないから、晩飯、相伴させてくれないか?」 し、相伴って、今から家にきて、一緒に食べるってこと!? 「え、で、でも、家にも大したものは無いですからっ」 冗談じゃない。 今だって、いっぱいいっぱいなのに、この上アパートに2人きりになんてなったら、私、自分の行動に自信なんか持てないっ。 やっとどうにか自分を保っているのに、どうしてこの人はこんなことをするのだろう? 「も、申し訳ありませんが、私も一応嫁入り前の女ですので、か、課長と言えど、こんな深夜に男性を部屋にお上げするのはちょっと……」 「別に、気にしないから。せっかくだからビールと、つまみも買おうか」 って、人の話を聞け、この上司っ! まるで、散歩を嫌がる飼い犬のごとく、私のカゴの端をグイグイと引っ張っていく課長に引きずられるように、店内奥へと歩いて行く。 ちょっ、ちょっ、ちょっとっ! 「課長は気にしなくても、私は気にするんですっ。隣近所も世間一般の皆様も天国の父も田舎の母も、みんなみんな絶対めいいっぱい、気にしますっ!」
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