16 郷愁

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ひょうひょうと、飲み物コーナーでビールを物色する課長に向かい、一気に胸の内をまくし立てるも、当のご本人様はどこ吹く風でビールを数本カゴに入れ、次のおつまみコーナーへと、私を引きずっていく。 これは、もしや、 まさかとは思うけど。 「か、課長……。もしかして、本当に、酔っぱらっているんですか?」 柿ピーとイカの燻製をカゴに放り込んでいる御仁の横顔を見上げて、恐る恐る質問を投げたら、ボソっと低い声が降ってきた。 「酔ってない」 確かに、足取りもしっかりしてるし、顔色だって赤くも青くもなくいつもと同じ。 でも、昔からこの人は、酔っても顔に出ない人だった。 いつもの営業スマイルが欠片も浮かんでないし、 だいいち、おつまみを買って、『私の部屋で2人っきりで酒盛りしよう』なんてこの行動自体が変だ。変すぎる。常軌を逸している。 「課長、買い物が終わったらタクシーを呼びますから、ご自分のアパートに帰って下さいね」 ひくひくと、引きつる笑顔で言ってはみても、課長は返事をくれずに次のお弁当コーナーへと足を進めていく。 もちろん、カゴを引っ張られている私も、もれなく付いて行くしかない。 や、やだ、どうしよう。 やっぱり酔ってるよ、この人。 途方に暮れつつも、このコンビニに訪れた1番の目的、サバの味噌煮缶をカゴに、放り込むのは忘れず。 こんもりと詰まったカゴの中身を清算すれば、あとは、アパートに向かうしかない。
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