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ほどなくして、飯島さんのテーブルには、黒ビールと枝豆と言う季節を先取りしたようなメニューが置かれた。
私と課長のテーブルに置かれたのは、チーズ類の乗ったおつまみの皿と、赤ワイン。
トンと、自分のテーブルに赤ワインのグラスが置かれて始めて、私は自分の置かれた状況にハッと気付いた。
し、しまった!
ウーロン茶かアイスティを頼むんだった!
目の前にワイングラスが置かれるまで、『そのこと』に思い至らなかった自分のあまりの呑気さに、心の中で盛大な舌打ちをする。
この状態でさすがに『飲めません』とは、言えるはずがない。
ワインは、空きっ腹にとても良く効く。それはもう、効きすぎるくらいにとても良く効く。
悲しくなるくらいの自分の間抜けさに、もう笑う気力もでない。
でも、気力を振り絞って笑顔を作り、ワイングラスに手を伸ばす。
この一杯だけ。
後は、絶対、是が非でもウーロン茶にさせてもらおう。
「それでは、我々の前途を祝して、乾杯!」
私の苦境を知るはずもない飯島さんの陽気な乾杯の音頭で、恐る恐る、ワイングラスを口に運ぶ。
コクリと一口赤い液体を口に含んだ瞬間、フルーティな軽い甘さが、フワリと鼻に抜けていった。
「あ、美味しい……」
思わず、素直な賛辞の言葉が口をついて出る。
ワインってあまり得意じゃないけど、これは好きかもしれない。
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