第1章

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降り積もる切なさが闇夜に蔓延る。 締め付けられる気持ちに呼応する様に、空から白色の雨がゆっくりと落ち始めた頃。 「知ってる?」 と美香はよく話す前に使っている定型文を頭に置いた。 興味を引くための決まりきった言葉に修司も同じく決まりきった言葉で返す。 「何を?」 そのやり取りを二人の秘密の合図みたいだねと笑っていたのは、いつの事だっただろか? 「昔、私達が産まれてない頃は空からはもっと色んなものが降ってたんだって」 例えば水の塊が時に激しく時にじっくりと。 寒くなれば雪が降り積もり、氷が落ちる事もあった、雨がひどい時は轟音と共に稲光が地面を揺らした。 それでも空は次の日には晴れて、美しい青を雲の間からのぞさせていたらしい。 両親から聞いた事もあるけれど、今はもう昔の話。 見上げた空は灰色の雲で覆われて、晴れた所を見たことは一度としてない。 そして空からは雨や雪の代わりに塩が降るようになった。 「ねえ、修司は見たくない?あの灰色の雲の奥に広がる、青い空!」 「……俺は別にいいよ」 夢を語る子供の様にはしゃぐ美香の上に、コンビニで買った簡素なビニール傘をさした。 一応は口にしなければ毒性はないけれど、汚れることには変わりない。 そう言う意味では雨だの雪だのは良心的だとは思う。 考えている事が顔に出ていたのだろうか、いつの間にか美香はこちらを見ていた。 ご丁寧なじと目に頬を膨らませるおまけつきは、もう20歳を超える女性の所作ではない。 何となく彼女の頭に手を置こうとすると、避けられた。 「修司の嘘つき」 「嘘なもんか、俺は本当にどうでもいいよ。空が灰色でも青でも赤でも。いや、流石に赤は目につらいからやめて欲しいけどさ」 「もういい」 顔を背けた美香を見て、修司は苦笑した。 まったく、昔から変わらない。 「拗ねるなよ。ほら、そろそろ訓練の時間だろ?お前が落ちたら俺の責任問題だ」 「落ちないよっ!落ちる訳ないじゃない!修司のばーか!!」 喚いて駆ける姿はまるで子供の様だ。
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