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 ――失礼します、と襖の向こうから控え目な声が聞こえて来る。 「美麗さん、お客様に挨拶をと、奥様が」  襖越しに、また橘が声をかけてきたが、美麗は首を振ることしかできない。 「体調が優れないの。すみません」  そう言うと、橘はそれ以上言及してこなかった。美麗は立ち上がると、着物を豪快に脱ぎ、掛けもせず、箪笥から真新しいワンピースを取り出す。控え目な色合いの服しかもっていないのは母親の趣味だ。ほぼ毎日着物のせいか、服も言いなりでも文句の一つも出てこない。  今はただ、この陽性結果が出た証拠を、どこか家の外に捨てに行かなければいけない。そして、そのまま病院に――。きっと早く降ろさなければ、もっと後悔する。 「うぅ……。できな…い」  美麗は既に、お腹の子に愛着を持っていたのだから。
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