終わる世界

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百瀬の右手には書類が握られている。 「あ、判子ですか?」 「はい。出荷予定の品物の検品の証書です。 物は三十分くらい後に送られて来ますので、 五個に一個の割合で検品をお願いします」 「ああ、はい」 ここの所増産増産だ。 本来検品は担当の部署でやるのだが、 手が足りないので、仕事がこちらに 回ってくる事も多々ある。 「提出は検査部長へお願いします」 百瀬は軽く頭を下げて、そのままさっさと部屋から 出て行ってしまった。 「ふぅ……お堅いねぇ」 吉良はぼやきながら椅子をデスクのそばに戻し、 書類のチェックを始めた。 と、早速ミス発見。 単純な脱字だ。 どうもオーバーワークで 検品担当も相当疲れているらしい。 「やれやれ」 今追い掛ければ百瀬にこの書類を 突っ返せるだろう。 吉良は研究室を出て、左右に首を振った。 廊下の左奥に百瀬らしき人影が……階段の方へ右折していく。 吉良は急いで後を追い掛け、階段の踊り場に出ようとした。 が、足が止まった。 声がする。 「神の摂理に背きし者共に永劫の地獄を。 我らに平穏のあらん事を」 百瀬の声だ。 吉良はそっと階段の踊り場を覗き、 屈んだ百瀬の背中を見つめた。 宗教の祈りか何か。 吉良は直感で危険を感じ、 自分の研究室へ引き返す事にした。
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