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「もういいよ、凌。もう十分だから。わざわざ辛かった時期を思い返す必要なんてない」
私は凌の後頭部に手を回し、そっと自分の胸に引き寄せた。これ以上、話しながら顔を歪める凌を見たくなかったから。
けれど、凌を包んでいる手はすぐに解かれる。
「いや、悠莉にも全てを知っていてもらいたいんだ。こんな話、聞くのは嫌か?」
心配そうに目を覗き込む凌に、フルフルと頭を振る。
大好きな人のことだ。もちろん知りたいに決まっている。
「凌が大丈夫なら、話して」
そう促すと、凌は少し微笑んで私の頭を撫でながら、ゆっくりと口を開く。
「高2の夏、以前喧嘩して恨みをかっていた連中から袋叩きにあって、搬送された病院の担当医が長谷部の父だったことから、その当時の俺の生活環境が知られることとなった。父は俺に『一緒に暮らそう』と言ってくれたが、心を閉ざしてしまっていた俺は素直にその言葉を信じることができなかった。“今更、親友の息子を引き取ったところで何のメリットもないのに”としか思えなかった」
「それでもあなたが長谷部家に来たのには理由があったの?」
「入院中見舞いに来てくれたバーのマスターに、『もう一度だけ人を信じてみたらどうだ?行ってみて駄目だったら、またいつでも戻ってくればいい』と言われたんだ。父の人となりを見て、本当に俺のことを心配してくれていると確信したらしい。それに追いうちをかけたのが、父の『私は君を実の息子のように思っている。だが、もし信じられないのなら信じなくてもいい。せめて、君がこの先何をしたいのか、どうなりたいのかという目標がはっきりするまででも、一緒に暮らしてほしい』という言葉だった」
さっきまでとはうって変わって穏やかな表情で話す凌。
「だが、退院して長谷部の家に入ったものの、やはり家族の一員として溶け込むことはできず、“自分が長谷部家にいることが果たしていいことなのか”と苦悩する毎日だった」
「その苦悩の日々から解放されるきっかけは何だったの?」
私は、雅さんが言っていた、“ある日突然、凌が変わった”という理由を尋ねた。
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