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「う……ん」
強張った身体を伸ばすと、いつもと違うザラリとした感触が素足を掠める。
(何?)
重い瞼を何とか持ち上げる。
「……畳?……あっ、そっか、温泉に来てたんだ」
回らない頭が徐々に覚醒していく。
足に触れたのは畳。住んでるマンションは全部屋フローリングで、しかもベッド。近頃ではなかなか味わえない感触だ。
自宅とは違う、ノリのきいたシーツの気持ちよさにモゾモゾしながら、隣りの布団に凌の気配がないことに気づく。
「凌?」
身体を起こし隣りの布団を触るとひんやりと冷たい。寝た形跡はあるが、随分と時間が経っているようだ。
耳をすましても物音一つ聞こえない。
(お風呂にでも行ったのかな?)
私は、はだけた浴衣を直し、布団を畳んで居間に行く。
テーブルの上には凌からの置き手紙があり、それには“風呂に行ってくる”と書かれていた。
時計を見るとまだ5時半。朝食まで時間もあるし、私も行くことにした。
ーーーーーー
まだ朝早いこともあり、昨日同様、大浴場は貸し切り状態だった。
(私ってツイてるなー)
身体を洗い、ゆっくりお湯に浸かっていると、ガラっと扉が開いて、若い女性が一人入ってきた。
女性は手早く身体を洗うと湯船に足を踏み入れ、あろうことか私のすぐ隣りに腰を下ろした。
(えっ、こんなに広いのに何で私のすぐ横なの?)
あまり経験のないことに、私は軽くパニックになる。
一旦出てまた入り直そうと、腰を浮かせた時、その女性が口を開いた。
「はじめまして、相澤 悠莉さん」
「えっ?」
「私、後藤 彩といいます」
「……ごとう、あ、や……さん?」
「ええ。一昨日、凌さんがここへ来ると聞いて、父に無理を言って私もここへ来ましたと言えばわかって頂けますか?」
「……大阪支社長の?」
何故だか声が震える。
「娘です。あなたにどうしても言いたいことがあって」
「何でしょうか?」
嫌な予感がする。
「凌さんと別れて下さらない?」
予感は的中した。
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