6. 春の嵐 #2

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6. 春の嵐 #2

就業時間終了15分前、目の前の電話が鳴った。 「悠莉先輩、A社の古田さんから、外線2番に電話です」 電話の呼び出し音にいち早く反応した隆哉くんが、保留ボタンを押して伝えてくれる。 「ありがとう」 お礼を言って受話器を取る。 「お世話になっております。相澤です」 「あっ、相澤さん、お疲れ様」 受話器越しに、古田さんの男性にしては少し高めの声が聞こえてくる。 古田さんは取引先であるA社の人で、おそらく30代半ば。有能なのにとても気さくで、信頼のおける人だ。 「相澤さん、さっき届けてもらった書類なんだけど、最後の1枚が抜けてるんだよね」 「えっ!?」 「俺も外回りから今帰ったところで。確認が今になって申し訳ない」 「いいえ、そんな。こちらこそ、ご迷惑おかけして申し訳ありません。もう一度作成し直して、今からすぐに届けます!!古田さん、まだしばらく会社にいらっしゃいますか?」 「うーん、今日は8時頃まではいるけど。とりあえずFAXでもいいよ。今からだと相澤さんが遅くなっちゃうでしょう?正規のものは明日の午前中に届けてくれれば間に合うし」 「いえ、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。今から届けにあがります」 完全なこちらのミスだ。相手方の好意に甘える訳にはいかない。私は、すぐに書類作成にとりかかった。 それは、朝から井川さんに作成してもらった例の書類で、チェック後何も問題がなかったので、昼一番で井川さんに、古田さん宛てに届けてもらったものだ。 私が確認した時には確かに最後まであった。そして、確認し終えた種類の束をそのまま彼女に手渡しし、封筒に入れて届けるように指示を出した。 あの時の状況を思い浮かべてみても、最後の1枚だけが抜け落ちるなんてあまり考えられないのだが……。 どちらにしろ、最終チェックを怠った私の責任だ。それに、その行方不明の書類を探さねばならない。重要書類という訳ではないが、万が一、社外で紛失なんてことになると、いろんな人に迷惑をかけることになる。 という訳で、この後の私の予定は紛失した書類に縛られることになり、歓迎会どころではなくなってしまった。
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