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第1楽章 幻想即興曲
即興曲第4番 嬰ハ短調作品66『幻想即興曲』
筆につけた絵の具がキャンパスに叩きつけるように重ねられた時、幻想即興曲のピアノの音色が跳ね上がるように大きく鳴った。
加速するリズムに合わせるように、筆を動かす私の手にも力が入る。
バーミリオンとボルドーを合わせ、キャンパスに勢いよく塗っていくと、オーガズムに似た恍惚感が頭の芯を痺れさせた。
音楽と絵の世界観が合わさっていく様は、男女が絡み合い、やがて一つになるセックスのようだ。
やがて、ゆったりと心地よくなっていったメロディーは、私を異空間に浮遊させるように現実との境界線を曖昧にしていく。
ここがどこで、自分が誰なのか分からない程のめり込んだ時、私の作品は面白いように進むのだ。
スピーカーから溢れ出るピアノの音色は、いつしか終盤にさし掛かっていた。
そして、私の集中力もこと切れる。
油絵独特の強烈な匂いに包まれながら、私は倒れ込むように冷たい床に横たわった。
頬に伝わるひんやりとしたフローリングの感触。
火照った身体を床に押し付けて、ゆっくりと頭の回転を緩め現実に慣れさせる。
神経の高ぶりを頭の先からお腹に押し込めるようにとどめると、私は意識してゆっくりまばたきをした。
白い天井が目に映る。
そうだ、ここは私の部屋だ。
アトリエ兼自室。
都内の1LDKマンションだ。
今何時だろうと思って、床に転がっていた携帯を取ろうとして手を伸ばすが、あと掌一つ分くらい足りない。
仕方なくほふく前進するように身体を前に押しやって携帯を手に取った。
画面を見ると、着信件数の多さにドキリとする。
仕事の邪魔にならないようにサイレントモードにしていたせいで全く気付かなかった。
着信相手を見ると、全て有村圭(ありむらけい)からだった。
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