第2楽章 革命のエチュード

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約束の時間から30分遅れてホテルのロビーに到着すると、知的な顔立ちの四十代後半くらいだと思われる男性が私を迎えた。 「篠原杏樹さんだね。噂で聞いていた通りの美人だ。一目で分かったよ」  黒々とした髪と白髪が混ざったボリュームあるオールバックを見て、私は少し安心した。  有村に、ハゲとデブと老人は勘弁だと伝えている。 そしてこれまで有村は私が嫌がりそうな男をブッキングしたことはない。 だからこそ、飽き性で我慢足らずの私でも続けてこられたのだか。 「遅れてしまってごめんなさい。待ちました?」  私はわざとらしい上目使いでしなを作る。 「いいや、時間ぴったりだよ」  男の言葉に、私は一瞬言葉に詰まった。  有村め、最初から私が遅れることを想定して時間を伝えたな。 私は言葉を飲み込んで、にっこりと笑顔を作った。 「亀井さん、私お腹が空いちゃった」  あらかじめ教えてもらっていた男の名前を言うと、男は紳士的な顔を一瞬緩め嬉しそうに目尻を下げた。 「いい店があるんだ。杏樹ちゃんはクラシックを聴くと聞いていたんでね」  男は、私の呼び名を「さん」から「ちゃん」に変えた。  私が敬語を使わず甘えたように話したから、男も合わせたのだろう。 とても自然でスマートだったので、女の扱いに慣れているに違いない。 「私のためにお店を見つけてくれたの?」 「そうだよ。その店のピアニストはショパンしか弾かないんだ」  男はちゃっかり私の腰に手を置き、エスコートしながら歩き出した。 私も男に合わせ、しなだれるように身体を預ける。 「ショパンだけ? どうして?」 「それが、理由は教えてくれないんだよ。でも、彼の弾くショパンは実に官能的らしい」 「ショパンを官能的に弾くなんて。それは楽しみだわ」  私は男に喜ぶような笑顔を見せながら、頭では違うことを考えていた。  悪いけど私、耳には確かな自信があるの。 そんじょそこいらのピアノじゃ満足できないの。 ましてやレストランで弾く素人並のピアノなんて興味ない。  耳障りな音にならないか不安だった。 期待なんて全くしてなかった。
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