第2楽章 革命のエチュード

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男はホテルの地下1階に私を案内した。  レストランスタッフにコートを預けると、背中のあいたイブニングドレスに身を包んでいた私は、男たちから一斉に視線を浴びた。 この瞬間がたまらなく気持ちいい。 この視線を手に入れるために、一つ数十万円するバッグを買ってしまうのだ。  男が腕を差し出す。 私はその腕に手を絡ませて颯爽と歩く。 12センチのピンヒールを履いているので、横に並ぶと私の方が背が高くなっているのが分かるのだが男はそんなこと一向に構わないらしい。 それよりも、私に向けられる男たちのいやらしい目付きと、横に並んでいる男に向けられる嫉妬の眼が心地いいのだろう。  レストランの中は照明が落とされ、ほんのり暗くジャズバーのような雰囲気だった。 広い店内には円卓が30席ほどと、バーカウンターが一つ。 そして奥には一段上のステージに、照明が当てられたグランドピアノが置いてあった。  私が案内された席は、店内でも一番落ち着けてピアノがよく見える席だった。 雰囲気はジャズバーのようだが、内装は高級フランス店のように、円卓に真っ白なテーブルクロスがかけられ、テーブルの真ん中には生花が挿されている。 「素敵な雰囲気のお店ね」 「ピアノの演奏が始まるとまた雰囲気が変わるんだ」 「そう、楽しみ」  男がピアノについて触れる度、私の気持ちは盛り下がっていく。 期待を煽る度、私の中でレベルが上がっていってしまって、今の私を満足させられるピアニストはそうそういないということが分かっているだけに、残念な気持ちになる。  シャンパンで乾杯をし、前菜が運ばれてきた頃、スーツを着た背の高い男が、床から5センチ高くなっている檀上にあがったのが横目で見えた。  ピアノの椅子に座ったので、おそらく彼がピアニストなのだろう。 しかし私は、大して期待もしていなかったし、運ばれてきた前菜がとても美味しかったので、ピアニストには注意を向けなかった。 「ここの料理、とても美味しいわ」  私が料理を称賛すると、男は食べ物の薀蓄について語り出した。 アンチョビはどこ産が美味しいとかヨーロッパの聞いたこともない地方の気候を話されても、さっぱり面白くない。
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